大切なのは「誰がやるか」-Sub Coordinator 難波 佳希-

KSPArticle, Interview

インタビュー第三弾はKOCHI STARTUP PARKでサブコーディネーターをつとめる難波佳希さんです。大学四年次に「難波ファシリテーション事務所」を設立され、現在も様々な領域でチャレンジを続けている難波さんですが、どのようにして、その決断に至ったのでしょうか?事業をスタートするきっかけから、現在大切にしていることまで、お話を伺いました。

 

──ではまず難波さんのお仕事について教えていただけますか?

普段は、学校法人日吉学園の小学校設立準備室というところで私立の小学校の設立に携わっています。今は、廃校を町から借りてつくろうとしていて、そこにかかる学校全体の施設の整備全般を行っていますね。ガスや水道周りの設備から地域の方々との連携、教育カリキュラム編成まで幅広く関わっています。

 

 

──学校を設立するというのは、珍しいお仕事ですね。

私が知っている限りでも数えるほどで、かなりチャレンジングな領域ですね。昨年大学を卒業して就職をしまして、現在は私を含め四名のチームで取り組んでいます。

また同時に、週に一回、小学生向けの体験プログラムの企画運営もしています。

 

 

──小学校の設立準備もしながら、ご自身のファシリテーション事務所の仕事もされているということですね。

そうですね。難波ファシリテーション事務所の仕事としては、大手企業の新規事業のお手伝いやNPOや県主催のイベントでのファシリテーション等をやらせていただいています。今回のKOCHI STARTUP PARKとの連携もその一つです。

意外かもしれませんが、高知県では、ワークショップなど盛んに行われているので、ファシリテーションなどお手伝いする機会も多いんです。

 

 

難波佳希として、何をするか

──難波さんは大学生の頃から起業というチャレンジをしていたわけですが、その決断に至る経緯を伺ってもよろしいでしょうか?

もともと五歳からずっとサッカーをしていて、母校の高知大学も、サッカーの強豪校だからという理由で志望しました。

部員数が百名を超えるようなチームだったので、大学一年生の頃はひたすら練習をしていたんですが、ある時、自分の限界みたいなものが見えてきてしまって。このまま大学を卒業しても自分に残るものはサッカーしかないなと感じたんです。

その時に改めて、「難波佳希として何がしたかったんだろう」と考えて、海外へ行ってみたり、学生団体でボランティアをしてみたりしました。自分自身の思っていることや考えていることを相手に話し、相手が思っていることを自分が受け取るといった経験の中で、価値観や行動が少しずつ変わっていったんです。

そこで、対話をする場の必要性を感じて、高校生や大学生、社会人が集まる場をつくりました。

そういった活動を通して、ファシリテーターという職業がこの世にあるということを初めて知ったんです。

当時はちょうど就職活動のタイミングでしたが、ファシリテーターへの憧れもあり、あまり身が入らず、いろんな方に相談をしていました。

そんな時、ある方から「自分でファシリテーション事務所やっちゃえば?」と言われて、モヤモヤが一気に吹き飛んだんです。その一言に背中を押されて、起業を決意しました。

 

 

──では、ご自身でやりたいと思ったところから決めて行動に移して行ったんですね。

そうですね。ワークショップなどは継続的にやっていたんですけど、それを仕事に変えていく時にどうしたらいいんだろうという思いはずっとありました。

ただ、学生時代からずっと継続していると、少しずつですが、そこにお金をいただけるようになって、そこからなんとなくこういう感覚なのかなというのが掴めてきた感じですね。

ファシリテーションは、本をたくさん読んでガチガチに勉強していったという感じでは全くなくて、実際に経験する中で、考え、試行錯誤して学んでいきました。自分に先立って実際にファシリテーターをされている方々の考えなども吸収しています。

また、起業に至った経緯として、*マイプロジェクトの経験も大きかったですね。

 

*マイプロジェクトとは

その名の通り、私が「何かを、プロジェクトとしてやってみる」ことを意味します。個人の「なぜ?」や「やってみたい」をプロジェクトとして実行し、社会とつながり、社会を動かす活動です。KOCHI STARTUP PARKでもプログラムに取り入れています。

 

ちょうど大学四年生の進路に迷っている時だったんですけど、マイプロに出会って、自分のことを深く深く掘り下げて考え、同時にプロジェクトとしてワークショップをどんどん動かしていったことが起業につながりました。