〜田野屋紫蘭 小坂英晃さん・千里さん〜
緻密さと感覚の絶妙なバランスで作る、ここにしかない天日塩
「田野屋塩二郎」の塩作りに魅せられて、埼玉県から高知に移住した小坂さんご夫妻。3年間の修行期間を経て、2023年7月に安田町で独立されました。修行期間から独立までの歩みを伺いました。
公務員を辞め、塩作りの道へ
- 高知へ移住したきっかけを教えてください。
英晃さん:
私たちは二人とも、埼玉県の春日部市役所に勤めていました。農業関係の所属に配属となっていた時期に、一次産業への憧れを抱いていて、いつかは腕一本で勝負する職人のような仕事をしたいという思いがあり、千里さんにその思いを話していました。そんなとき、あるテレビ番組で高知県の田野町で完全天日塩を作る「田野屋塩二郎」の佐藤京二郎さんが取り上げられているのを見て、「これだ!」と思い、すぐに田野町役場を通して連絡を取りました。テレビを見た2019年3月から2ヵ月後、ゴールデンウィークのまとまった休みを利用して、まずは5日間の塩作り体験をさせていただくことになりました。
千里さん:
「やりたい」という強い思いは前から聞いていましたし、高知から帰ってきた英晃さんから、塩作りは2人1組でやらなければならないことなどを聞いて、私も「高知で一緒に塩作りをしたい」という思いが自然に固まっていました。
英晃さん:
佐藤さんは当初「公務員を辞めてまでやる仕事じゃない」と私たちが弟子入りすることに否定的でした。それでも何度もアタックし、何度も断られ、最終的には職場に退職の意向を伝え退路を断って覚悟を伝えたことで、やっと弟子入りを認めてもらえました。今考えると、何の保証もなく、過酷な塩作りに飛び込むことを心配しての言葉だったと思います。そうして、勤めていた市役所を2020年3月で退職し、4月からは田野屋塩二郎の見習い兼、田野町の地域おこし協力隊として町営の製塩体験施設で働きながら塩作りを学ぶことになりました。
師匠から指導してもらえない!自分たちの塩作りを模索
- 知識ゼロの状態から、どのように塩作りを学んでいったのでしょうか。
千里さん:
塩作りを学ぶ地域おこし協力隊には、塩作りを行うビニールハウス「製塩ハウス」が与えられます。そのハウスで塩作りを行いながら、塩作りの体験に来られたお客さんの案内を行うのが協力隊の主な業務です。1年目は1棟、2年目からは3棟のハウスを管理するのですが、最初は右も左も分からない状態です。師匠である佐藤さんが色々と教えてくれるかと思いきや、「塩作りに正解はなく、人に教えることもできない」というスタンスのため、細かな業務指示や指導はありませんでした。まずは、ハウスの中に並べられた海水を1時間に一回混ぜることから始まりました。
英晃さん:
どうしたら師匠の作る塩に近づけるだろうかと、そこから塩作りの研究が始まりました。HPや文献などを探して知識を蓄え、ハウス内の気温、湿度、海水の温度を毎日測定して記録。ハウス内で起こる事象を緻密に計算して、試行錯誤していました。佐藤さんからは「そんな頭でっかちに塩作りしちゃダメだよ」と言われたこともあります。作業の間、佐藤さんにはたくさんの質問をしましたが、冗談半分に「勘だよ」と答えが返ってくることも多く、塩作りの技術を習得することは雲を掴むような感覚でした。
千里さん:
データや理論をもとに実践をしていた私たちは、明確な答えが欲しかったのだと思います。それでも、10回のうち1回ほどは核心をついた答えを返してくれたので、その言葉をヒントに少しずつ改良を加えていきました。
英晃さん:
私たちの塩作りが変化したのは、気温などのデータを取るのをやめたことが大きく影響しています。それまでは指標をもとに塩を見ていましたが、全てやめて、香りや色、手触りなどの僅かな変化をもとに塩作りをするようにしました。その結果、これまでとまるで違う塩が完成したのです。初めて、塩から湧き立つ香りを感じられました。この塩ができた時に、「独立してもやっていける!」という自信を持つことができました。協力隊としての活動を始めて3年目、翌年から独立しなくてはならない時期でした。
写真提供:田野屋紫蘭
写真:田野屋紫蘭の製塩ハウス
難航した土地探し。1年半かけて探した先に、隣町で運命の出会い。
- 独立に向けて、どのような準備を進められましたか。
千里さん:
独立後の土地探しは難航を極めました。条件は、「海水を取水するため海が近いこと」「配管を通すため海と土地の間を遮る道路などをないこと」「日照率が高いこと」などです。高知県西部の大月町から土地探しをスタートし、東は東洋町まで条件に合う場所を探しましたが、見つかりません。徳島県、瀬戸内海に面した場所、九州、遠くは千葉県など、高知県以外にも範囲を広げて探しましたが、条件に合う場所はまったく見つかりませんでした。そうこうしている間に協力隊3年目の夏も終わり、絶望的な状態で安田町の役場に相談しました。すると、海に近い町有地を紹介してもらえました。いくつかクリアしなければならない課題はありましたが、とても協力的に諸々の手続きを進めていただいたおかげで、無事に今の場所を借りることができました。
英晃さん:
資材が高騰している影響でハウスの建築費は想像以上に高かったですが、自己資金や銀行からの融資、町の補助金も活用しながら3棟のハウスを建てることができました。建築費用を節約するため、事務所兼作業所の小屋は2人で2か月かけてDIYしました。2023年7月にハウスが完成し、9月には田野屋紫蘭として初めての塩が完成しました。
写真:2人で建てた小屋の前で。
収支のシミュレーションを行い、自信を持って独立
- 経営に関しては、どのように知識を身につけましたか。
英晃さん:
協力隊の時から収量をずっと記録していて、それに沿った売上予測を立てていました。また、佐藤さんの商談の場に同席させてもらったり、取引先様を紹介してもらったりと人脈を作る機会をいただいていたので、その機会を利用し取引先様にサンプルをお渡しし、それに対して好意的な評価をいただいて手応えを感じていたので、安心してスタートできました。
千里さん:
広報については、「こうちスタートアップパーク」の起業コンシェルジュに相談し、プレスリリースの方法を教えていただきました。その効果もあって新聞やテレビ等の複数のメディアから取材いただくなど、起業してから間もないにも関わらず、多くの方に知っていただくことができたと思っています。
- 今後の展望を教えてください。
千里さん:
現在作っている商品は小粒の「万能」と大粒の「コクと余韻」の2種類です。サラサラと粒が細かく甘みのある「万能」と複雑な味わいの「コクと余韻」は、ナトリウム・カルシウム・マグネシウム・カリウムというミネラルのバランスを見極めて完成させた自信作です。また、料理人からのオーダーメイドの塩もお作りしています。素材を引き立てる塩として選んでいただけるよう、いろいろなリクエストに応えていきたいです。
英晃さん:
塩職人としては、これからが本番です。シンプルながら、奥が深い塩作り。この道を極め、かつ柔軟に変化していきたいと思っています。
写真提供:田野屋紫蘭
写真:塩の味、粒の大きさは自由自在。
田野屋紫蘭
住所:高知県安芸郡安田町唐浜267-1
TEL:0887-38-8722
文責/長野春子