〜まきの宿 小松麻由さん〜

公務員からの転身!
地域に根付く民間信仰「いざなぎ流」を伝える一棟貸しの宿オーナーに

 近年、高知県内にも古民家を活用した宿やゲストハウスができており、ホテルではない宿泊体験がしたいという観光客から人気を集めています。今回ご紹介するのは、物部地域に伝わる民間信仰「いざなぎ流」を伝える「まきの宿」です。この宿を開業しようと思ったきっかけや開業までの経緯など、オーナーの小松麻由さんにお話を伺いました。

 

公務員を早期退職し、宿を開業


- 香美市役所の教育委員会で長らく勤められていたそうですが、公務員を退職して起業しようと思った動機を教えてください。

 教育委員会では、入庁以来、文化財の担当として文化財保護と活用に関する業務を行ってきました。その仕事をする中で、旧・物部町地域に伝わる「いざなぎ流」という民間信仰と出会いました。そこで暮らす人々の生活に即した祈りや、いざなぎ流と共に刻まれてきた地域の歴史・文化。これは、ほかの地域にはない大きな財産だと感動したことを覚えています。

 それからしばらくして、結婚を機に物部村大栃に引っ越すことになりました。大栃での生活が始まり、いざなぎ流がどれほど生活の中にあるかを体感していくことになります。それと同時に、物部地域の人口減少とさまざまなサービスの低下など、地域が徐々に衰退していく様子を肌で感じていました。こんなに魅力的な地域なのに、過疎が進んでいくことは寂しいしもったいない。そこで、その当時の私に何ができるだろうと思案し、行政が主催するイベントの一つとして、いざなぎ流に関連する講演会等を企画し、1人でも多くの人にその魅力に触れてもらえるよう取り組みました。

 この地域の魅力は他にはない!私はその可能性を信じていました。みんなが悲観するほど、この地域の未来は暗いものではない。では、その未来を創るために私が為すべきことはなんだろうと考えた時、行き着いたのが宿泊業でした。

 起業するのであれば定年退職まで待っていられないと、2023年3月に香美市役所を早期退職し、準備期間を経て2024年1月に「まきの宿」をオープンさせました。




「いざなぎ流」が生活とともにある、物部の暮らし

- いざなぎ流とは、どのような信仰なのでしょうか?

 物部地域は古くから林業が盛んな地域で、山の恵みを分けてもらうため、また皆が安全に仕事をするために、自然の中に宿る神様や精霊などに祈ってきました。

 この地域には「祈れ、薬れ(くすれ)」という言葉がありますが、祈りが先で、それでもダメなら病院へという風に、信仰が第一と考えられてきたのです。

 いざなぎ流を一言で表すと、「物部町に古くから伝わる民間信仰である」ということなのですが、それだけでは表現できないほど、暮らしの中にたくさんの信仰が散りばめられています。それによって、ここで暮らす人々の行動様式が決まってしまうほどです。

 地域の人と話していると、このような話がたくさん出てきます。いざなぎ流がいかに暮らしとともにあるかを感じる瞬間です。


写真:まきの宿のお部屋。床の間は、いざなぎ流の装飾で整えられている




写真:一枚の紙から切り出される「御幣(ごへい)」は、いざなぎ流の祈りに用いられるなくてはならないもの


写真:いざなぎ流の舞神楽で頭に被る綾笠(あやがさ)

 


古民家?新築?人との出会いによって、事業プランも変化
 

- 起業に向けて、どのように準備を進めましたか?

 宿泊業で起業したいという考えに至り、まずは県内で同じように宿泊業をしている人から話を聞こうと、安芸市にある「東風ノ家(こちのや)」を訪ねました。オーナーの仙頭さんのお話を聞くなかで、こうちスタートアップパーク(以下、KSP)の取り組みや起業支援制度についても知りました。

 そして、2022年からKSPの「起業アイデアブラッシュアップコース」を受講しました。当初は古民家を活用した宿を考えていましたが、良い物件が見つからず、宿となる建物は新築でと考えていました。ですが、相談した方に「やりたいことを実現するには、やはり古民家を探した方がいいのでは」とアドバイスいただき、一度は諦めた古民家探しを再開させました。ブラッシュアップコースでは、新築をベースに事業プランの磨き上げをしていこうと考えていたので、受講早々にプランの変更が必要になってしまいました。

 この事業プラン変更を受けて、大栃の町にある空き家物件で以前から気になっていたこちらの物件に定めて、大家さん探しや交渉を始めました。知り合いを辿っていくと、大家さんは意外にも以前から繋がりのある人であることが分かりました。そこで、この場所で宿をやりたいことなど私の想いを伝えると、意外にもすんなりと快諾いただけました。





 

 この場所で宿泊業ができるのは、ご縁と地域の方の理解があってのことです。準備をする中で、地域の方から「また一つ明かりが灯るのがいいね」という言葉をもらえたことがとても嬉しく、心に残っています。

 この物件は昭和18年に建てられた古民家ですが、丁寧に管理されていたため傷みも少なく、最小限の改修に留めることができました。宿泊者に快適に過ごしていただくため、水回りはすべてきれいにリノベーションしました。

 宿に備え付けているテレビやエアコン等の備品類は、「高知県創業支援事業費補助金(現:高知県地域課題解決起業支援事業費補助金)」を活用して購入しました。この補助金は、地域の課題解決につながる起業に対する補助金です。
 「まきの宿」は、物部地域の魅力や文化を伝える場として、高知県内外に情報を発信し、交流人口を増やすことを目的の一つとしています。物部地域は人口減少や高齢化が社会的課題となっているので、この宿を通じて、物部のファンを増やしたいと思い申請しました。何回もアドバイザーの先生のメンタリングを受け、事業内容を磨き上げ、2024年1月に「まきの宿」をオープンさせることができました。



写真:水回りやキッチンなどはリノベーションしている



この先もずっと、地域の日常が続いていくように

 今後は宿泊だけでなく、いざなぎ流の舞神楽を見て、体験できるプランができればと考えています。またこの地域の美味しいものを食べてもらったり、マッサージなどのリラックスできる体験をしてもらったりと、やってみたいことはたくさんあります。まずは、そうした構想を実施してみて、時間をかけて改善・磨き上げをしていければと思っています。自分のやりたいことだけでなく、人との出会いから生まれたアイデアを実現するなど、偶然の化学反応も楽しみたいと考えています。

 また海外からの訪日外国人観光客も意識し、HPやパンフレットは日本語と英語の2ヶ国語表記にしています。いざなぎ流や物部地域の歴史、文化がより多くの人の目に留まり、この場所まで足を運んでもらえればと思っています。

 物部地域に昔からあったモノ、コト。この地域にある日常を、この先も当たり前のものとして残していけるように、私自身が楽しみながら取り組んでいきたいと考えています。たくさんの出会いを通して、地域の元気に繋がっていけば嬉しいです。


写真:リクエストをすれば、まち歩きガイドもしてくれる



写真:小松さんのガイドによって、地域がより魅力的に見えてくる


 

まきの宿
住所:高知県香美市物部町大栃1469-2
HP:https://makinoyado.com

 

文責/長野春子