~合同会社ほっと 常石 昭裕さん~
一人ひとりの暮らしに寄り添う 元救急隊員がつくる安心の形

高知県津野町で、民間救急と地域の高齢者の“見守り”サービスを行う「合同会社ほっと」。代表の常石昭裕さんは、長年にわたり地域の消防組合で救急救命に従事してきた元救急隊員です。「困っている人を助けたい」という一心で立ち上げたこの事業は、地域の暮らしを支える新たな選択肢として少しずつ浸透しはじめています。
今回は、起業の経緯や事業に込めた想い、そして今後の展望について伺いました。
救急隊員から起業家へ。原点は「助けたい」という想い
長年、救急隊員として活動されてきたそうですが、そこから起業へと進まれたのはどんなきっかけがあったのでしょうか。
高幡消防組合で約30年間、津野町や梼原町エリアの救急現場に立ち続けてきました。1歳下の後輩と長く一緒に働いていて、5年ほど前から「いつか民間救急をやろう」と話していたんです。
住民との距離が近い地域ということもあり、かつては、救急で行った先で住民の困りごとへも対応していた時期もありましたが、公務員としての公平性や業務範囲が厳格化されるなかで「助けたいのにできない」ことが増えていきました。救急現場では、ケガや病気だけでなく、暮らしそのものに困っている高齢者等と出会うことも多く、困っている人を前にして線を引かなければならない状況に、もどかしさを感じていました。
もちろん介護保険で一定の部分はカバーされますが、全ての方が支援を受けられるわけではありません。このような“制度の隙間”にいる方を、自分たちの手で助けられないだろうかという想いが高まり、後輩と2人で起業を決意しました。
民間だからこそできる役割とは、具体的にどのような部分でしょうか。
この地域の救急は半分以上が高知市への搬送で、片道2~3時間かかります。高幡消防組合で救急搬送を行える拠点は2つありますが、各拠点に救急車は1台しかなく、出動中は空白が生じてしまうんです。
さらに実情として、搬送の6~7割は軽症者です。もちろん呼ばれたら行かざるを得ませんが、本当に重症の人のために救急車を空けておきたい、というのが現場での実感でした。トリアージ(※傷病の緊急度や重症度に応じて、治療の優先順位を決定すること)もしていましたが、救急隊員は検査するわけではなく、自分たちの経験でしか判断できません。
また、この地域では転院による搬送も多く、その際にも救急車が使われています。軽症者や転院搬送を民間救急で担えば、救急車を本来必要な重症患者のために確保できます。
起業に至るまで、どのように進めてこられましたか。
会社を立ち上げたのは退職直後の2024年8月です。僕も後輩も経営に関しては全くの素人でしたが、「立ち上げたらなんとかなるだろう」という勢いで動き出しました。
まずは、インターネットで調べて見つけた「こうちスタートアップパーク(KSP)」の「第1回 起業アイデア創出ワーク」に参加しました。起業相談も何度か利用し、分からないことはその都度質問して、たくさんのアドバイスをいただきました。一つひとつ不安を解消しながら進められたので、本当に心強かったですね。気軽に相談できる場があるというのは、起業する者にとってありがたいことだと思います。
また、「高知県地域課題解決起業支援事業費補助金」を活用して、パソコンや携帯電話の購入、ホームページやチラシの作成などに充てることで、事業の基盤を整えることができました。お店のように「開業すれば形になる」ビジネスとは違い、僕たちの柱である「困っている人を助けたい」という想いをもとに、まだ走りながら自分たちならではの形を作り上げている感じかもしれません。
断らない支援。“なんでも屋”としての姿勢
実際に事業を始めてみて、どんな依頼が寄せられていますか。
民間救急では緊急搬送はできないため、電話や訪問で状況を確認し、必要に応じて救急車につなぐ体制を取っています。ただ、それだけでは需要が限られるため、もう一本の柱として『見守りサービス』を始めました。
地域の高齢者の方々は買い物や通院するための交通手段がなく、近隣や高知市内の病院への送迎を希望されるケースが多くあります。実際に事業を始めてみると、「一人で生活するのは大変だな」と思う方も少なくありません。そこで、通院や買い物の送迎に加え、家の掃除や草刈り、蜂の駆除など幅広い依頼に対応しています。中には、雨漏りに悩みながら業者に依頼する余裕がない方から相談を受け、知り合いの瓦屋さんに協力してもらって葺き替えまで行ったこともありました。
僕たちの基本姿勢は“断らない”こと。行政や家族に頼ることができずに困っている方の依頼を断ってしまえばその人は孤立してしまいます。それは自分たちが目指す姿とは違いますし、「ほっとさんに頼んでよかった」と言っていただけることが何よりの励みになっています。この仕事は、“やりがい”しかありません。

特に印象的だったエピソードはありますか。
90代の夫を介護する奥様から「お風呂に入れてあげたい」と相談を受けた時のことです。急な坂道の上に住んでいて、福祉サービスがほとんど届かない状況でした。
僕たちが担架で男性を運んでお風呂に入れると、「こんなにうれしいことはない」と泣いて喜んでくれました。その後も通院やデイサービス利用をサポートし、生活が少しずつ変わっていったんです。奥様からも「やりたいことを叶えてあげられた。」と言っていただき、この仕事の意義を強く感じました。
こうした出来事が日々積み重なり、「やっていて良かった」と心から思える瞬間につながっています。
事業を継続する上で課題は何でしょうか。
最大の課題は採算性です。利用者の多くは少ない年金で暮らす高齢者で、一般的な料金では負担が大きすぎます。そこで僕たちは料金をかなり安く設定していますが、経営的には厳しいのが現状です。
だからこそ、町との連携が欠かせません。例えば津野町では80歳以上の高齢者に年間17,000円分の福祉タクシー・バスのチケットが配布されていますが、本当に困っている人にとっては到底足りません。収入に応じて金額を変える仕組みにするなど、表面的な平等ではなく、実質的な公平性を担保する制度が必要だと考えています。
困っている人が人間らしい生活を送れるように、地域全体で考える必要があると実感しています。
「助けが必要なときに頼れる存在」であるために
今後は、どのようなことに取り組もうと考えられていますか。
今後は「見守りサービス」をさらに広げていきたいです。薬を飲んでいるか、食事をしているかといった確認ができれば、離れて暮らすご家族にとっても安心材料になります。実際にLINEで病院の結果や買い物のレシートなどを共有しており、県外に住むご家族から「遠くにいても状況がわかる」と喜んでいただいています。
また、町と連携したデマンド交通や、住宅改修事業の展開なども検討しています。困りごとをまるごと受け止められる存在として、地域に根差した活動を続けていきたいですね。

これから高知で起業したいと考えている方へメッセージをお願いします。
強い想いはとても大切ですが、それだけでは経営はできません。しっかり準備期間を設け、数字や計画を具体化することが重要です。
高知は地域ごとに課題があり、それは裏を返せばビジネスのチャンスでもあります。やれることはまだまだたくさんありますから、補助金や支援をうまく活用しながら挑戦してほしいですね。
合同会社ほっと
・住所住所:高知県高岡郡津野町白石丙181番地
・HP:https://tsuno-hotto.com/
文責/是永 裕子
